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犬山城御抱具足師 熱田伸道紹介!!

犬山城御抱具足師 熱田伸道紹介!!

 「当世具足」、戦国時代の甲冑を総してこう呼ぶ。当時の人々が中世の甲冑に対し、新しい形式の甲冑を「当世風」と呼んだことに由来する。古代から身を守る防具として発達した甲冑が、戦国の世になり需要が飛躍的に伸びた結果、簡素かつ防御力が高く、完成度が最大に高まった時代をさす。
 「信長が考案し手先の器用な家臣に命じて作ったのが当世具足の一つ、桶側胴。天文の終わりの頃には今川義元の家臣の松下嘉兵衛が、尾張まで金6両を持って買いに来ているわけだから、その良さは抜群だったんでしょう。以後これが全国的に広まっていくんです。」と話す小川伸夫さんはサラリーマンから転職して20年以上になる。「甲冑は古くは大和(奈良)、山城(京都)から起こり、戦国時代には武将の心得として自ら修理し、関ヶ原の合戦の時には家康さえもそれを行ったといいます。その後、各地の大名が御抱えの甲冑師を持つようになり、特徴ある甲冑が製作されるようになっていったんです。」

コラム

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 「息子が10歳前後の時、そろそろ元服だし、鎧や兜を着た写真を残してやりたいという気持ちになって探したけれど思うようなものがない。ならばいっそ作ろうかということから始まった。」親から子へ、子から孫へという日本の伝統的な習慣を兜に見合わせ、大切な心を伝え残したかったという。「始めはただ作っただけ。時代考証も何もない。そうしているうちにプロの甲冑師の方と出会い、作っては直し、直しては作りの繰り返しを9年くらいやって、初めていろんなことがおぼろげながら理解できた。」と苦笑する。現在は甲冑の製作と修復以外に、甲冑製作教室や郷土が輩出した武将を紹介する「郷土歴史まつり・水上武者パレード」を主催したりもしている。さらに地域の小学校で甲冑や歴史についての授業を行うなど活動の場は広がる一方だ。「自分の知っている素晴らしいことは他人に伝えることが義務だと思う。熱田は源頼朝生誕の地だから、特にこの地域の子には興味を持ってもらえたら嬉しいね。」甲冑を愛する気持ちがあふれでた。

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