甲冑ギャラリー
写真をクリックすると拡大した画像をご覧いただけます。
赤糸威大鎧
「赤糸おどしおおよろい」と呼びます。
平安末期から鎌倉初期のスタイルで郷土歴史まつり・水上武者パレードに源頼朝の着料として参加しております。
この大鎧は、厳島神社黒糸おどし鎧のサイズを忠実に再現したもので、この着用者の武将は身長およそ160センチ前後
と想像します。鎧の重さは約8キロ。本物の3分の1です。
<当時の戦い方>
@小集団(30名ぐらい)で相手の悪口を言い合い気持ちを高める。
A代表者が出て名のり(自分の血筋を誇る)をし、矢合わせを行う。
B次に太刀打ちをする。
C互いに馬から下り組み合い勝敗を決する。
利家の兜
大河ドラマ「利家とまつ」で前田家の菩提寺、名古屋市中川区「荒子観音寺」から発見された兜と古文書から
忠実に再現し当時の姿を推定復元したものです。
鳥帽子の部分は和紙で形作りをしております。
*復元された甲冑は「荒子観音寺」の本堂にあります。
*推定復元された甲冑は犬山市甲冑工房にあります。
熱田伸道 作 ↑
信長の兜 (犬山市保存)
清洲市総見院に、天正10年、本能寺で自刃した信長の兜の焼鉢が由緒書きとともに大切に保存されています。 この兜はサイズ、重さを計測し忠実に推定復元し、人を威圧し、日本の頂上に君臨しようとする信長の心を表現したものです。
熱田伸道 作 ↑
12間トッパイ形兜・猿類
トッパイとは、南蛮兜の呼称の日本語解釈で、戦国時代に使用された兜です。 12枚の鉄板をはぎ合わせ鋲で留め、下地、中塗り、上塗りと12〜3回の行程を経て塗り上げております。 平成8年ごろの作品ですが古づけ仕様をしております。眉などは打ち出しです。 猿類は鉄板で頬とあごの部分を形作りし、鋲ではき合わせ、同様に塗りを行っております。
熱田伸道 作 ↑
32間筋兜・猿類 (さるぼう)
甲冑師の登竜門となる作品です。筋かぶとの到達点である62間の基本の32間筋兜です。対角する16すべて形が違い 、対角する筋は一本につながります。この対角美が筋かぶとの美しさです。 本兜は、平成17年度の作品で銀箔が酸化途上にあります。10年ほどすると、渋いいい色になります。
熱田伸道 作 ↑
七・五・三 よろいかぶと
その昔、日本では五歳の男子の成長を祝う為、よろいかぶとを身につけ宮参りをしたそうです。 このよろいかぶとは、私の三番目の孫のために制作したもので、胴の前の角字は「五」と書いてあります。 前立ては孫「浩生」の希望で「マジレッド」だそうです。1ミリのアルミ板を使用しております。
熱田伸道 作 ↑
金箔押白糸素懸威丸胴
「金箔おし白糸すかけおどしまるどう」と呼びます。金箔300枚が使用され、前田利家の甲冑として 「郷土歴史まつり・水上武者パレード」に使用されています。重さは6sぐらいで、170cm前後の身長の方が着用できます。 オリジナルはもう少し小ぶりです。 小牧長久手の合戦時、北陸で佐々成政と奥村永富が末森城の争奪戦を行っておりました。援軍として利家はこの甲冑を身につけ 搦め手より入場したと伝えられております。
熱田伸道 作 ↑
銀伊予札白糸素懸威丸胴
「銀いよざね白糸すかけおどしまるどう」と呼びます。天正18年小田原の北条を征服した後、奥州の仕置きに向かった
秀吉を宇都宮で向かえた伊達正宗が拝領したもので、唯一現存する秀吉の甲冑です。
現在、仙台市博物館に収蔵されています。
展示品は現代の人にあわせ少し大きく作ってあります。
重さは5sぐらい。前立ての金箔押し軍配の三日月は、伊達家の合印で後に描かれたものと推測します。
平成16年の作品で酸化してきておりますが、10年ほどすると渋い色に変化します。
熱田伸道 作 ↑
南蛮胴具足
「なんばんどうぐそく」と呼びます。信長の時代、南蛮から武具を輸入しました。好奇心旺盛で、合理的な信長は いち早く取り入れ、日本人になじむよう改良しました。この甲冑は、当時高価であった銀箔を押し 「郷土歴史まつり・水上武者パレード」で信長役で出陣しております。 重さは6sぐらいで、170cm前後の身長に対応しております。 信長の西洋甲冑は残っておりませんが当時兄、弟と呼び合っていた家康の所用(紀州東照宮蔵)の甲冑を参考にしております。
熱田伸道 作 ↑
現代甲冑 (天白区 箕浦隆氏 所蔵)
<鉄黒塗花色威(はないろおどし)二枚胴具足> 身長170cm前後、中肉の身体にあわせた平成8年度の制作。お祝い事の為の依頼と記憶しています。 袖、草摺りに金箔を押し、兜の前立ては波から立ち昇る日輪ほ描き、旅立ちの祝福成功祈願をしています。 波の銀箔が適度に酸化し、いい色合いを見せています。
熱田伸道 作 ↑
咽喉輪 (のどわ)
首の前部を守るもので、金箔を施しております。 首の自由を利かせるために、鹿のなめし葦に伊勢型紙を置き、文様を描き蝙蝠付け(こうもりが羽根を広げた形から そう呼ぶ)をしております。戦国時代も鉄砲が主役になるとすたれ、その後、面頬へと変化します。
熱田伸道 作 ↑
現代甲冑 (栗巣グレン氏 所蔵)
<鉄黒塗萌黄(もえぎ)糸威二枚胴具足> 身長185cm、自分の身体にあわせた平成6年度の作品。名古屋に来たばかり、縁あって甲冑工房に週3〜4回通う。 兜を作り、胴、袖、こて、はい楯、すね当と指導を受け制作。重さは、サイズが大きい分20s近くあります。 10年以上、機会あるたび身に着けているが、いまだに修理をした事がない。いい仕事をしている。 城、さむらい文化に見せられ、在日の外国人・日本人にマスメディアを通し歴史・文化を啓発している。 並みの日本人の知識より豊富で頭が下がる思いだ。いい弟子を持ったものである。
RADIO-iミュージックナビゲーター 栗巣グレン 作
熱田伸道 顧問 ↑


